スポンサーサイト 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
機動戦士ガンダムUC episode7『虹の彼方に』簡易感想② 
 
機動戦士ガンダムUC [MOBILE SUIT GUNDAM UC] 7 (初回限定版) [Blu-ray]機動戦士ガンダムUC [MOBILE SUIT GUNDAM UC] 7 (初回限定版) [Blu-ray]
(2014/06/06)
内山昂輝、藤村歩 他

商品詳細を見る


 前回の記事に引き続き、今回もUCのepisode7の内容について。

 ※以下、本編のネタばれがありますので、閲覧は自己責任で!

【機動戦士ガンダムUC episode7『虹の彼方に』簡易感想②】
 
・前回の記事でリディについて語りましたが、
 今回は彼によってその命を奪われることになったマリーダにスポットを当ててみたいと思います。
 
・マリーダ・クルス。
 思い返せば5年前、まだ00しかガンダムを知らなかった私にとって、
 “強化人間の少女=哀しい最期”という方程式は頭に露も存在していませんでした。
 00のソーマ/マリーも確かに超兵として辛い宿命を負っていましたが、
 彼女自身が戦争の中で命を散らす悲劇は避けられたし、
 何より最愛のアレルヤと恋人として結ばれることが出来た。
 歴代ガンダムのイメージを持ってない私は、
 だからepisode1の冒頭、
 クシャトリアにてド派手に戦う―普通の少女らしからぬ能力のマリーダの姿を目にした瞬間も、
 彼女の先行きについて特に不安に感じることもなく、
 ただただ戦闘シーンの圧倒的な迫力に興奮しているだけなのでした。

・あれからepisodeを重ねるごとに明らかになったマリーダの哀しい過去、
 そしてジンネマンとの間に築かれた厚い信頼に、
 時に胸を痛め時に目頭を熱くしてきました私でしたが、
 遂に今話、それまで何とか保たれていた涙腺の堤防が決壊してしまいました―。
 
・と言いつつぶっちゃけちゃいますと私、
 episode6まではマリーダとジンネマンとの関係性について、
 ちゃんと感動する一方で、若干のクドさに辟易していた面があったのも事実で。
 こちらの記事を読んでいただければ分かる通り、

そしてジンネマン。
ユニコーンの影の主役なんじゃないかと思うぐらい、
これまでも丁寧に描写されてきたキャプテン。
ここでも、尺をがっつり確保し、
ジンネマンの心情の変移とマリーダとの絡みが描かれています。
―が。
なんだか、しっくり来ないんですよね。
感想の前編でもちょっと触れたんですけど、
特にマリーダとの絡みがepisode5あたりから狙いすぎの感があるというか、
くどいというか。
ジンネマンもマリーダもそれぞれ好きなんですけどね。
擬似父娘っていう関係性も大好物ですし。
でも、「う〜ん」となってしまう。そんな自分に、私自身が戸惑ってるぐらいです。


 ってな具合で、どうしてもがっつり共感できないでいたんです。

・それが、今話においてはマリーダに泣かされっぱなしだったものだから、
 人間の感情ってものは都合のいいものだな、と(苦笑)

・でもって一体何がそんなに泣けたのか、って分析してみた結果、
 抽象的な表現で本当に申し訳ないんですが、
 マリーダのあの“穏やかな感じ”だったんじゃないか、っていう答えに辿り着いたんです。
 う~ん、自分で文字にしておいてなんですが、なんてあやふやな(;´Д`)
 これだけじゃあんまりなんで、
 敢えて補足するなら、“戦場におよそ似つかわしくない静かな死に様”、でしょうか。
 この記事を読んでいる方は、
 マリーダことプルトゥエルブがこれまでどのように生きてきたかをご存じだと思います。
 ニュータイプ・パイロットとして人工的に生み出され、戦いの道具として扱われた挙句、
 戦いが終われば用無しとばかりに娼館に売られ。
 ジンネマンの保護により身体を売り続けるむごい日々から抜け出したと思えば、
 ラプラスの箱を巡る争いの中で再調整を施され、バンシィに乗せられ。
 そうして迎えた最期。
 あまりに哀しい人生…であるずなのに、
 彼女はまるで凪の日の水面のように穏やかだったんです。
 死の間際、人の脳裏には過去の記憶が走馬灯のように蘇ると言われていますが、
 大人たちの醜い欲に身体共に翻弄され続けてきた彼女の中に、
 最期の瞬間、負の色は少しも見えませんでした。
 ―それは、特にリディに遺した思惟を見れば一目瞭然だと思います。
 むしろマリーダは、リディの手を優しく包んだ。
 自分を撃った手を。トリガーを引いたその手を。
 
・この辺りで、気付けば泣いてました、私。
 その後、ジンネマンに遺した言葉がさらに更に追い打ちをかけてきたりもするんですが、
 最初のきっかけは、やはり死の瞬間のマリーダ自身の”穏やかな感じ”だったんですよ。
 決して幸福とは言い難い人生を歩んだ彼女が、
 紆余曲折の末、最期の瞬間に見せた他者への優しさ。
 しかも、その他者とは、
 誤爆であれなんであれ、自分の命を奪う(奪った)人間なのに、です。
 
・マリーダがそのように在れた理由は、
 彼女を愛してくれた人々の存在をおいて他にないと思います。
 ミネバ、バナージ、ガランシェール隊の面々、
 そして“父”であるジンネマン。
 前述の通り、episode6のマリーダとジンネマンのシーン、私はあまり好きではないんですが、
 あれがあったからこそ二人の絆が本当の父娘以上のそれに昇華できたのだと思うと、
 クド過ぎる演出(あくまで私の印象です)もなんとか受け入れられる気がします。

・劇中、フロンタルが「器は注がれる総意に従う」的なことを口にしていましたが、
 彼の言う“器”とは違う意味で、人は誰でも“器”なのだと思います。
 即ち、他者から注がれるの愛情や思い遣りを自身という器に満たし、
 時が来れば今度は自分が他者に注ぎ返す。
 何かの拍子で水が零れてしまうこともあるでしょう、
 でもそうならぬよう努力することが出来るのが人間であり、
 その努力こそがより良い未来を築く材料になるのだと、 
 ジンネマンからマリーダへ、
 そしてマリーダから皆へ―特にジンネマンとリディに伝えられた想いが、
 雄弁に物語ってくれていたように思いました。
 
関連記事
 

秘密にする

 
トラックバックURL
http://grhm2307.blog.fc2.com/tb.php/102-e089f4bf

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。