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劇場版 機動戦士ガンダム00『-A wakening of the Trailblazer-』感想⑤ 

 (元記事作成日:2010/10/02)

 引き続き、劇場版の感想です。

 ※以下、全力で本編のネタばれとなってますので、閲覧は自己責任で!!
【機動戦士ガンダム00 -A wakening of the Trailblazer-】感想⑤

・相も変わらず、戦闘シーンについての詳細な描写は省略(苦笑)
 だって、ただただひたすら「すごいっ!!」としか言えないんですもんvv
 というわけで、後半の記事についてはキャラメインの感想になっていきます。(※長文注意!!)

・ELS陣営が繰り出す攻撃に圧倒される連邦軍。
 戦艦ソレスタルビーイングの大型砲塔によるレーザー攻撃も、
 反撃の糸口となり得るにはいささか力不足で…orz
 二撃目なんて、ELSにフィールド展開されて弾かれちゃう始末…あああ…(絶望)
 ―そこにサバーニャとハルート、トレミーも合流し、対ELS戦を開始します!!
 本来漆黒の暗闇であるはずの宇宙に、
 無数の光線が入り乱れ、爆発の閃光が煌めく―…。
 戦闘は、激しさを増していくばかりです。
  
・一方で、そんな喧騒に満ちた外界を遮断するかのように、気を失ったままの刹那。
 しかしながら、ある意味で彼もまた“戦って”いたのかもしれませんね…自分自身と。
 …混濁する意識の中、刹那の脳は、己にとって辛いヴィジョンを再生していきます。
 ―クルジスの戦場を機関銃を手に駆ける自分。
 ―自分の手で、両親を殺した自分。
 ―自分の仲間の行為によって、家族を喪うことになったニール(ライル??)の慟哭。
 ―そんな彼から、目を背ける自分。
 ―ニール、リヒティ、クリス…死に逝く仲間たちの姿。
 それらに共通しているのは、“生きること”に対する“否定的”なイメージ。

 これまでずっと、
 「自分に“生きている意味”はあるのか」との問いを抱え続けながら
 生きてきたのだろう刹那。
 
 「俺は戦うことしか出来ない破壊者―だから戦うっ!!戦いを生み出すものを倒す為にっ」
 一期最終回で彼が掲げたこの宣誓は、
 一見したところその自問に対する答えのようでもありました…が。
 自身を「戦うことしか出来ない」と評した刹那は、
 結局、一度だって「戦うことが出来る」とは言わなかった。
 CBによって、そしてガンダムによって“戦う意味”を教えられ、それを知った刹那でしたが、
 彼にとって“戦う意味”と“生きる意味”は、必ずしもイコールではなかったのでしょう。
 少なくともこの時点での彼は、
 自分が“生きている意味”についての答えを持ち合わせてはいませんでした。
 
 そんな彼が、自身の過去を振り返る時、
 そこに視えるのは“戦いの記憶”や“喪失による哀しみ”、
 “救えなかった後悔”といった負の残骸ばかり…。
 それでも、彼は目指すんですよ。
 荒れた大地の遙か彼方で凛と咲く、あの黄色い花に向け、手を伸ばす。
 ―しかしながら、届かない。
 周囲の景色は後方に流れていくのに、自身は前に進んでいるはずなのに、
 心から求めるそれには一向に近付くことができない。手も届かない。
 それどころか、伸ばした掌は血で真っ赤に染まっている―。

 自分との戦いは、他者とのそれと同等か、あるいはそれ以上の苦痛を伴う。
 悪夢の中でその痛みに魘される刹那の姿は、
 観ているこっちが辛くなってくるほど痛々しくて…(涙)
 私自身、このシーンを観る度に
 思わず「もうやめたげてぇぇぇっ!!(ΩдΩ)」って叫んでしまいそうになっちゃいます↓
 ―でもこの一連の流れがあるからこそ、
 後のニールの「お前はまだ生きている」と
 ラストの刹那の「俺には生きている意味があった」というセリフが
 最大限に効いてくるわけで。
 どんなに切なくとも哀しくとも、目を逸らすことは許されません!!刮目しておかなければっ!!

・刹那の容体以上に深刻なのが、対ELSの戦況。
 マネキン准将の懸命な指揮も虚しく、
 連邦軍が敷いた絶対防衛戦は突破され、
 陣営の被害規模を示す数字ばかりが30%…50%…と上昇を続けていきます。
 挙げ句の果てには、
 戦艦・ソレスタルビーイングの巨大砲塔までもがELSによる侵食を受け―。
 艦全体への被害を防ぐ為、虎の子の兵器である巨大砲塔の爆破を命じるマネキン准将の、
 その苦渋に歪む表情に、
 観ている私の絶望感も半端なく煽られていきます…(≧△≦;)

・そんな中、このタイミングで流れ出す『もう何も怖くない、怖くない』のイントロ!!
 神曲過ぎて鳥肌っ!!さすが石川さん!!
 それまでの重厚な戦闘BGMから一転、
 刹那覚醒という一大イベントを彩ったその美しいメロディーは、正に神曲。
 しかしながら私にとっては神曲であると同時に、切なさMAXの曲でもあり…アンドレイ…(涙)

・私のアンドレイがぁぁぁぁぁぁっ!!(慟哭)
 
 二期放映時から当ブログに来てくださってた方はよ~くご存知だと思いますが、
 私、本当にアンドレイのことが好きだったんです。もちろん今だって大好きです!!
 (いかに私が彼に心を奪われているかについては過去の記事を参照してもらうとして)
 
 ―うん、本当に、最高に格好良かったよ、アンドレイ。
 あの瞬間、他のどの誰よりも、あなたは“市民を守る軍人”だった。
 
 父親と“違う”生き方をする為、父親と“同じ”軍人の道を選び、
 憎しみに囚われたままやがてはその父親を自分の手で殺してしまったアンドレイ。
 その、あまりに不器用な彼の生き様に、
 スミルノフ親子を敬愛して止まなかった私は、
 二期を通しただひたすら悶々とし続けるしかできませんでした。
 特に二期17話以降は、いくらアンドレイの犯した罪が重いとは言え、
 完膚無きまでに世間様から叩き尽くされてましたから、彼…orz(←当時を思い出して辛くなってきた)
 アンドレイ贔屓の私としては、本当に切ない想いで一杯で、胸が苦しかった。
 
 ―でも、良かった。きつい時期も確かにあったけど、
 それでもアンドレイを好きになって本当に良かったです、私。
 
 ―『もう何も怖くない、怖くない』が流れる中、
 たとえ僅かの希望すら見出せなくとも、
 最期の瞬間まで“市民を守り続ける”為に全力で戦い続けたアンドレイ。
 その姿に、かつてセルゲイ大佐がハーキュリー大佐に言った言葉―
 「貴様も軍人なら、一人でも多くの市民を救い、その上で死ね!!」―がフラッシュバックして、
 やっぱりこの二人はどうしようもなく親子だったんだなぁって、そう思えて。
 劇場版でのアンドレイの言動のひとつひとつに滲む、
 今は亡き両親への深い愛情と尊敬の念、そして軍人としての強い使命感に、
 かつてはずっと痛んでいただけの私の胸も、万感の想いで熱くなって…(涙)
 
 だって彼、ELSに侵食された自機の腕部を自ら切り落として尚、
 “守る”為に戦い続けてるんですよ…??
 この状況、もはや私に泣くなというほうが、無理な注文ってやつです…↓
 
 巨大ELSの進行を食い止める為トランザムを発動させた辺りから、
 「ああこの流れはもしや…っ!!」っと思った私、
 ありもしない覚悟を必死で掻き集めていた―ら。
 
 …―っっっ!!(ΩдΩ)(←もはや声にすらならない)
 
 でも、私は悲観はしませんよっ!!(と言いつつ思いっきり泣いてますけど;;;)
 だって、どこかの隊長も言ってたじゃないですかっ!!
 「これは“死”ではない」って!!
 アンドレイも“死んだ”んじゃない、“守った”んです…そうなんです…(号泣)
 それにしても、この展開はさすがに予想してなかったので、
 (そもそもアンドレイに出番があると思ってなかったし、あってもちょっとだけだと思っていた)
 一回目観た時のインパクトといったら、ちょっと凄まじかったです…。
 しかも、まるで走馬灯のように
 セルゲイ大佐とホーリーさんの姿がカットインしてきたものだから、
 スミルノフ枠で用意してた私の涙線の防波堤、
 あっけなく崩壊してしまいました(苦笑)
 只でさえ、前半でキム司令がセルゲイ大佐について語ったりしたから余計に…。
 
 それにしてもやばいなぁ…あの、スミルノフ夫妻が並んでるカット、いいなぁ…(涙)
 そしてあの二人の間に、ようやく、
 本当にようやくアンドレイも立つことができるんだと思うと…。
 それがたとえ、“死”によるものであったとしても、
 ずっと擦れ違い続けてきたセルゲイ大佐とアンドレイ、そしてホーリーさんが、
 これでやっと一組の家族らしく集うことが出来るのだと思うと…。
 色々な意味で、目頭が熱くなってきます。
 
 …アンドレイというキャラクターに、こんな最期を用意してくれて、
 制作側の皆様、本当にありがとうございました。
 私自身、
 彼が他の00ファンの方々に良く思われてないことは痛いほど良く分かっていたので、
 劇場版に出てもきっと空気みたいにしか扱われないだろうと覚悟してはいたんですが。
 まさか、予想とは違う部分での覚悟が試されることになるとは…っ!!思ってもいなかったっ(´δ`;;)
 ―石川さんの挿入歌が流れる中で戦い、そして最期を迎えたアンドレイは、
 あの瞬間、私の中で完全に物語の主役になっちゃってました。
 刹那を差し置いて、本当にすみません。
 
 誰になんと言われようと、やっぱり最後まで私はアンドレイのことが大好きだったなぁ。
 そして白鳥さんの演技も、相変わらず鳥肌ものでした!!(≧△≦;)

・その頃、本当の主役である刹那は、
 未だ混濁した自意識の中に身を沈めていて―。
 しかしながら、彼はその中で“視る”んです。
 地上でそして宇宙で、それぞれがそれぞれにできる最大限の力で
 “生きる”為に“戦って”いる、大切な人たちの姿を―。
 
・沙慈の後ろで、ELS相手に戦ってるオートマトンにめちゃくちゃ萌えました///(←ぉぃ)
 何ですか、あの可愛い子(??)たちっ(≧∀≦)/キャーッvv

・マリナ様は、避難民の少女に穏やかな微笑みを向けていました。
 
 TVシリーズを通して比較的叩かれる機会が多かったように思われる、
 00のヒロイン、マリナ・イスマイール。
 それは結局のところ、彼女のどこか煮え切らない態度や所謂“綺麗事”的な思想が、
 「ガンダム」という作品の中で異質だったからだろうと私は考えています。
 兵器の名を冠する作品である以上、
 ガンダム作品にはやはり“戦い”のイメージが付いて回るものだし、
 観てる人の期待も必然的にそこに集約されていくでしょうから。
 (だからこそ、“対話”をメインテーマに据え、それを書ききったこの劇場版は、本当にすごい作品)
 
 ―戦わずしていかに平和を求めるのか、
 ―そしてその為に自分は何が出来るのか。
 悩み、揺らぎ、そんな自分に対し時に弱々しい自嘲の笑みを浮かべてたかつての彼女は、
 しかしながら劇場版では誰よりも強い意志を持った存在として描かれていました。
 なんとなく上手く表現出来ないんですが、
 伝わり易いよう、敢えて同じような存在を挙げるとしたら“ティエリア”かな??
 マリナ様もティエリアも、自分が何者であるか、
 そして何をすべきかをしっかりと自覚し、
 強い決意のもとで実際にそれを為しているように、私の目には映りました。
 
 シーリンと共に中東の情勢安定の為に尽力するマリナ様は、
 故国・アザディスタンの復興を為し得たとはいえ、
 世界から見れば所詮小国の一介の皇女。
 紆余曲折を経て“アザディスタンと中東の民の希望”という付加価値が加わりはしたものの、
 かつての“ただのお飾り”的から立場から脱却できたわけではなく。
 案の定、冒頭ではコロニー公社の代表にナメた態度とられまくっていましたし(苦笑)
 でも、たとえその立場は変わっていなくとも、
 マリナ様自身は大きく変わっていたんです。
 自分の無力さを嘆くしかできなかったかつての彼女の姿は、
 今回の劇場版のスクリーン上にはもうありませんでした。
 あったのは、強い意志を湛えた蒼い瞳。
 たとえ“象徴”でしかなくとも、“飾り”でしかなくとも、
 そんな自分だからこそ出来る、そんな自分にしか出来ないことが、確かにあって。
 それを精一杯やる。それの為に力を尽くす。
 「マリナ様の指導力、期待しているわ」
 一期や二期であれば、シーリンのこの台詞も、どこか皮肉めいて響いたことでしょう。
 マリナ様自身も、きっとマイナスの意味合いでそれを受け止めたんじゃないかな。
 でも、今のマリナ様には皮肉を皮肉にさせない不思議な力強さと、
 圧倒的な“存在の安定感”があって。
 彼女が画面上に登場すると、なぜだか「ほっ」とした気分になれましたもん、私。
 刹那が見つめる先で、マリナ様に花を渡しながら笑顔を弾けさせていた避難民の少女も、
 きっと私と同じような気持ちだったんだと思います。
 ―そして、刹那も。
 
 それにしても、もともと頑固者キャラのマリナ様です。
 (シーリンにあんだけ叱咤され詰られて尚“不戦”のポリシーは絶対に曲げないなんて、並大抵の精神力じゃ無理)
 従来からの一本筋を通し抜くその姿勢に、強い意志まで加わったとなれば、
 もうそれってかなり無敵な感じですよね!!
 劇場版での刹那が始終不安定だっただけに、
 余計にマリナ様のその強さが際立っていたようにも思われます。
 ―というか、むしろそんな刹那を支える為に、マリナ様は強くなったんじゃないかな。
 
 刹那とマリナ様。
 出逢った当初、先に自らのアイデンティティを大きく揺らがしたのは、
 マリナ様のほうでした。
 刹那の存在に心を掻き乱され、自身の生き方に迷いを抱き、時には涙を流して…。
 そんな彼女は、それでも様々な経験の末に、
 優しさだけでなく“強さ”をも兼ね備えた存在になった。
 ―そう考えると、マリナ様にその“強さ”をもたらしたのは、
 他の誰でもない“刹那”だったということになりますね。
 
 刹那とマリナ様。
 互いが互いを強くし、支え、
 そしてマリナ様は“刹那が還るべき場所”そのものになった。
 『空と大地のまじわるところ』でマリナ様自身が語った、その言葉通りに。
 
 ―わたしはあなたの 永遠の目印―
 
 確かに、刹那とマリナ様の関係は
 一般的な“ヒーロー&ヒロイン”像からは大きくかけ離れていたかもしれません。
 でもやっぱり、こんなにも互いに影響を与え合った二人は、
 (安っぽい言葉ではありますが)これ以上ないぐらいに“ベストカップル”だったと、
 私はそう、確信しています。

 ※⑥に続きます!!

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